山から海まで、脈はつながっている
- 4 日前
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庭の仕事を終えた日の夕方、通り雨が降りました。雨をしばらく見ていると、水が集まり 、普段は何もないところに小さな川が現れます。芝の上を走り、砂利を抜けて、そして小さな溝へと吸い込まれていきました。
水を目で追っていくと、溝は庭の外へと続き、道端の側溝に合流します。それはやがて少し離れた小川へと流れ込んでいく。小川は、この土地の少し下手で、もう少し大きな川と合流します。そしてその川は、まだ私が見たことのない場所で、海へと向かっていく。
たった一滴の雨が、庭から、海まで続く道を持っている。そう思うと、目の前の小さな水たまりが、急に遠くまで広がって見えてきます。
「大地の再生」には、こうした見方を大切にする姿勢があります。山から海まで、脈はつながっているという考え方です。
山に降った雨は、大地にしみ込み、地中を通って、やがて川となって流れ出します。山を潤し、里を抜け、街を通り、海へと注ぐ。この一連の流れを、大地の再生では、ひとつながりの「脈」として捉えます。空気の流れも同じように、山から吹き下り、里を抜け、海の方角へと続いています。
庭という場所も、この大きな脈の途中にあります。庭の中だけで空気や水が完結しているわけではありません。庭に降った雨、庭を抜ける風は、上流の山や森とつながり、下流の川や海ともつながっている。
前回お話しした「大地は呼吸している」という捉え方も、実はこの庭一つの中だけの話ではなく、山から海まで続く、ずっと大きな呼吸の一部なのです。
だからこそ、大地の再生の実践では、一つの庭や一枚の畑だけを見て手を入れることはしません。その土地が、周りの地形や水の流れとどうつながっているのかを見ながら、手を入れる場所や度合いを考えていきます。

小さな場所への手当てが、巡り巡って、少し先の川や、その先の海の環境にもつながっている。そう考えると、一つひとつの手入れが、思っていたよりもずっと大きな意味を持っているように感じられます。
庭がない方にとっても、この視点は無縁ではありません。ベランダに置いたプランターから流れ出る水も、道路の側溝を通って、どこかの川へとつながっています。マンションの一室から見える空も、山から吹いてくる風の続きです。私たちは皆、気づかないうちに、この大きな脈のどこかに立っています。
遠くの海のことを、いつも意識して暮らす必要はないと思います。ただ、庭先の水たまりや、ベランダの鉢から流れる水を見るとき、その先に、山があり、川があり、海があることを、少しだけ思い出してみる。それだけで、目の前の風景の見え方が、静かに変わっていく気がします。



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